リベラル通信 2020年-2021年 冬号

高校リベラル 1・2月期前半 齋藤英彦『医の希望』

今年は未曽有の事態に見舞われ、これまでの日常が一変しました。「新しい生活様式」が求められるなか、心身ともに健康への不安を抱える日々が続いた人も多いのではないでしょうか。さらに現代は、日本国内だけでなく、世界的にも解決しなければならない問題が山積している時代です。このような状況の中で、私たちに希望を与えてくれるものの一つが「医療」です。

「医学に関する科学および技術の研究促進を図り、医学および医療の水準の向上に寄与する」ことを目的として日本医師会の下に置かれた日本医学会は、四年に一度、幅広く医学・医療を議論し、社会に発信する医学会総会を開催しています。その第三〇回を記念して出版されたこの本は、大きく二部に分かれ、各分野の専門家がその最新状況について語っています。

近年、既存の学術分野を超えた新しい学問領域の開拓や技術革新によって、新しい診断・治療法が生まれていますが、安全性、倫理性、コストなど様々な面で課題も抱えており、臨床導入に至っていないものも多くあります。また、技術を活用する上で必要な法律の整備、人材育成も追いついておらず、日本の医療は世界の動きに大きく後れを取っています。

一「革新技術の医への活用」では、人、ロボット、情報系を中心として異分野を融合複合した新領域「サイバニクス」、医療を支えるAI、ナノデバイスの医療応用、iPS細胞による再生医療など、最先端技術がどのように医療で活用されているかを見ることができます。これからの医療がどうなっていくのか、どうあるべきかについて、それぞれの立場から述べられています。

ところで、日本の医療においては、少子高齢化も重大な課題の一つです。内閣府によると、二〇三六年には、約三人に一人が六十五歳以上となると推計されています。高齢化に伴って、年金、医療、介護などのための社会保障費は年々増大しており、持続可能な社会保障制度の構築が求められます。また、高齢者が長く健康に、尊厳ある人生を送るためには、認知症、フレイル(虚弱)といった疾患を予防しながら、住み慣れた地域で人生の最後まで、自分らしい暮らしを続けることができる仕組み作りが欠かせません。

他方、出生率の低下により若年者人口は減少し、二〇四五年には、六十五歳以上の世代一人を、一.四人の現役世代が支える社会が到来すると予測されています。しかし、二〇一五年に実施された国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査によると、夫婦の理想的な子どもの数が二.三二人であるのに対し、出生子ども数の平均値が一.九四人と大きく下回っています。理想的な数の子どもを持たない理由として最も回答が多かったのは、「子育てや教育にお金がかかりすぎる」(五六.三%)であり、少子化に歯止めをかけるためには、子どもを安心して生み育てる社会づくりが必要であることが分かります。

二「日本の医療システムのゆくえ」では、骨髄バンクの活動、地域包括ケアシステムの構築、認知症への対応、日本の医療の国際貢献について取り上げています。既存の制度の在り方を見直し、実情に即した医療制度を実現していくこと、また、国内だけでなく、グローバルな視点で周辺国の医療も支えていくことについて様々な分野から考えられています。

医療従事者を目指す人にはもちろん、全ての生徒さんに読んでもらいたい一冊です。

高校リベラル 2月期後半・3月期 松井彰彦『市場って何だろう』

この書籍は、市場が現代社会においてどのように機能するかについて考察したものです。著者は冒頭で「市場の役割は何か」というテーマを設定し、「市場によって依存先を増やし、みんなを自立させること」と説明しています。経済学の本というと難しいイメージがあるかもしれませんが、このテーマをとらえていれば、内容の理解が簡単にできるようになっています。

著者の言う「依存先」とは、あらゆる業種の店や各種サービスなど、利用することで私たちの生活を豊かにしてくれるものを指しており、市場とはそういった依存先の集合によって成り立っている、とされています。本の第一部では、こうした市場の仕組みや現在の市場について守るべきことなどを詳しく解説し、市場の仕組みを語るうえで欠かせない経済学的理論や公平な視点から見た市場の長所と短所など、市場について細かい点まで詳しく知ることができます。

そしてこの内容を前提にして第二部では、みんなにとって頼れる市場とはどのようなものかを説明しています。「みんな」とは、たとえば障害のある人や社会になじめず孤立してしまう人など、さまざまな理由で社会的な生きづらさを抱える人を含んでいます。第二部では、こうした人々が市場から取り残される事例を挙げつつ、現実社会において市場が彼らの支援や生きがいとしての役割を果たしている事例も合わせて紹介しています。市場がみんなを自立させるとはどういうことかという最初のテーマについて再度考えられるようになっています。

この本の特徴は経済学の理解に必要となる概念や用語について序盤で詳しく解説されていることです。さらに、それがどのように現実社会で役立てられるのかについて踏み込んだところまで考察しています。今まで経済学にはあまり縁がなかった人、詳しく知る機会がなかった人に読んでもらいたい一冊です。

中2リベラル 1月期 井上ひさし『父と暮せば』

この話は原爆投下から三年後の広島を舞台にしています。父竹造とその娘、美津江の物語です。聞きなれないかもしれませんが「戯曲」というジャンルに属します。実際に読んでみると、人物や情景の描写は限定的で、そのほとんどが登場人物のセリフと、演じる人への動作の指示のみで構成されています。この作品では、セリフを読みながら話の展開をたどっていきます。登場人物がどのような人柄か、どのような関係性であるかをより濃密に感じることができます。

この話を読むにあたっては、一九四五年八月六日の広島への原爆投下に関する知識が必要です。美津江は原爆によって家族や友人を失い、ひとりだけ生き残ったことへの負い目から自分が恋をすることをためらい、孤独を選ぼうとします。しかし父竹造はそんな娘のそばにいて「応援団長」として懸命に励まし続けます。こうした二人の気持ちの通い合いを読み取るには、原爆がいかに多くの人命を奪い、広島に損害を与えたかを把握したうえで、生き残った人々の心にも大きな傷を残したことを理解する必要があります。戯曲ならではの面白さを体感するとともに、広島、原爆、戦争というものに対する理解を深めてください。

なお、インターネットではこの話の動画を見ることができます。本で読むのと、動画で見るのとではまた違った面白さがあります。その違いはどこからくるのかということを考えてみるのもよいでしょう。

戦争の悲惨さや人間の希望を描いた作品は小説・戯曲をはじめとして世の中にたくさんあります。そうしたものに触れ、私たちが感じることを整理し、他者と意見交換するのもよいでしょう。

余力のある人は、令和二年度東京大学文学部推薦入試小論文問題が東大HPで見ることができますので参照してみてください。

※次回のリベラル通信は春号です。

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