リベラル通信 2020年夏号

東京大学法学部推薦入試「グループ・ディスカッション」解説

今回は東京大学法学部の推薦入試「グループ・ディスカッション」の内容について見ていきましょう。

読者の皆さんの中には「東大の推薦入試なんて、頭のいい宇宙人が受けるのだから試験の内容も並外れたものだろう」と思われる方がいるかもしれません。しかし、実際のところはどうなのでしょうか。

試験の流れとしては、まず6~8名程度のグループに分かれ、課題文が書かれた資料を5分間で読み、その後55~85分間でディスカッションを行う、というものになります。なお、審査員はディスカッションを傍観するのみで参加することはありません。

募集要項に「論理的思考力、発想力、コミュニケーション能力、チームで作業する能力などを審査する」と記載されている通り、結論内容よりもそのプロセスが評価されます。

それでは、実際に受験生が取り組んできた課題を順に確認してみましょう。

平成28年度の課題は、A国が抱える難民危機に関する三つの主張の効果と限界とを議論し、A国の難民危機への望ましい対処法を考える、というものでした。

難民危機と聞くと、2015年欧州難民危機を思い出す人も多いのではないでしょうか。イスラーム世界やアフリカ諸国からおよそ百万人の難民がEUへ向かったことで起こった社会的な諸問題です。

日常的に触れるメディアから世界の諸問題に関心を持つことができていた受験生にとっては、比較的考えやすい課題だったのではないでしょうか。

平成29年度の課題は、古今東西の人口減少・人口増加が問題たりえるのはなぜか、またそのような人口問題が問題ではないとしたらそれはなぜかを考えるというものでした。この課題では大正から平成にいたる人口の変遷の図表も与えられていました。

人口問題といえば、やはり世界一の人口を抱える中国を軸に考えた受験生も多かったはずです。2016年に中国が一人っ子政策を廃止したニュースは記憶に新しいです。

平成30年度の課題は、チケット転売規制の問題について考えるというものでした。先の二つの課題と比べると問題の規模は小さくなっています。この課題をもとに今般のマスク転売問題を考えてみると面白いでしょう。問題の本質はどういうところにあるでしょう。

この課題は出題の仕方としては素朴なだけに、日常的に社会科学に関する様々な事象に関心を持ってきたかどうかによって意見の鋭さに差異が生じてきます。たとえば、全く経済に親しみがない受験生の脳内に「自由競争」や「資本主義」といった考えるヒントになりそうなものはなかったはずです。素朴な課題での議論であればあるほど、それを生産性のあるものにするには知識が必須だということがよくわかる課題です。

平成31年度の課題は、性犯罪で有罪判決を受けた人について再犯防止のためにGPS監視の対象にすることについてどのように考えるか、というものでした。仮に監視の対象にすることについて同意するとすれば、「監視対象となる人の条件」と「具体的な監視の方法」についても考えるよう指示がされています。また、この課題においては実際に新潟県で起こった小学二年生の児童が性的虐待を受けた後殺害された事件とそれを受けての地方公共団体の意見を示す資料を参照する必要がありました。

感情的に発言してしまうと、徹底的に性犯罪者を陥れることになってしまい、あまり生産性がある議論にならなかったはずです。この課題の争点は性犯罪者の人権をどの程度認めるのかということです。人権を巡る問題は今の人間社会で生きる以上避けて通れないものであることは間違いないでしょう。

ここまで見てきたように、東京大学法学部の推薦入試はこの世界に存在する諸問題に関心を寄せ、他者と協働してその問題に正しく向き合うことができる人材を選ぶ試験だと言えます。言い換えれば、「社会や地球に貢献する地球人」を求めている試験であって、決して宇宙人を対象としているわけではないということです。社会や地球に貢献するという志をもつ受験生の皆さんは、是非受験を検討してみてはいかがでしょうか。また、受験をしなくとも、問われているテーマ自体は普遍的に考えるべきテーマですからじっくり考えてみることで力がつくはずです。

リベラル読解論述研究 書籍紹介

中学生の使用書籍紹介

中2 …… 夏期『いのちを“つくって”もいいですか?』島薗進

現代のバイオテクノロジーの発展には目覚ましいものがあります。出生前診断や着床前診断によって生まれてくる子の特徴の選択が可能になり、万能細胞を用いた再生医療、はたまたクローン人間の生成への期待も高まっています。科学的な人間の「生」が拡大を続け、これまで不可侵とされてきた「誕生」や「死」、「老い」をもその支配下に収めようとしていると言えるでしょう。

しかし、親の都合や好みで子どもの特徴を選ぶことは許されるのでしょうか。また、本当にクローン人間を作っても良いのでしょうか―「生」の拡大は、こうした人間の在り方に関する新たな問題に私たちを直面させます。これらの問題は、他の生物とは異なる人間の尊厳を重視する西欧的人間観をもとに議論されることが多いですが、果たして日本に生きる私たちが西欧的人間観をそのまま受容しても大丈夫なのでしょうか。

この本を最後まで読めば、日本に生きる私達がどんな死生観や人間観を前提にこれからの人間の存在について考えていけば良いのかが分かるはずです。自分が日々「当たり前」だと見なしている価値観や道徳心とはどういうものだろうか、そんなことに思いを馳せながら読み進めてみてください。

高校生の使用書籍紹介

7月期『人間の建設』小林秀雄・岡潔

2021年度入試からはいよいよ大学入学共通テストが実施されます。試行調査では会話文型の文章が多く出題されています。

本書は、批評家・小林秀雄と数学者・岡潔という、いわゆる「文系」と「理系」の二大巨頭による対話文で構成されています。約140ページという短い対談の中で、主題は文学、芸術、科学、歴史、哲学……と多岐にわたり、目まぐるしく移り変わっていきます。一見対極にあるように思われる二人の雑然とした会話には、その根底に共通するものが多くあります。その一つが「感情」という言葉に表れているでしょう。人間が本質的に納得するためには、知性による説得ではなく、感情の満足が必要である、と言います。それは、自明に証明されたと思われる、数学や科学の世界でも同様です。

一読してすぐに理解しづらい部分もありますが、繰り返し読む中で、私たちが人間というものを「建設」するためには何が必要かを考えてみてください。

夏期『望郷と海』石原吉郎

第二次大戦終了後、満州に駐在していた軍人や民間人の多くがソ連領内に強制連行されました。想像を絶する極寒の地で、日本人は耐えがたい重労働を課せられました。

『サンチョ・パンサの帰郷』などで知られる詩人・石原吉郎もまた、このシベリア抑留を体験したひとりでした。

抑留という極限状況において、石原はいったい何を見ていたのでしょうか。彼のエッセイを読みながら、シベリア抑留が問いかけるものについて考えてみましょう。

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