栗山民也『演出家の仕事』講師解答例

リベラル読解研究

栗山民也『演出家の仕事』について

リベラル読解研究では『演出家の仕事』(岩波書店)を扱いました。今回は「コミュニケーション」について考えます。

現代において求められているのは「聞く力」だと著者は言います。話す以上に、聞くこと。聞くことから次のセリフが生まれ、豊かなコミュニケーションが成立するというのが筆者の考えです。

筆者は演出家としてこのような考えに至りましたが、これは演劇に限らずに言えることです。発信と受信はいわば車の両輪だというわけです。

リベラル読解研究のような対話型授業においても同様のことが言えるでしょう。本を読むのも意見を交換するのも、他者の声に耳を傾けることから始まります。

課題
これまでの授業を踏まえ、「コミュニケーション」をテーマに、あなたの考えるところを600〜1000字で論じなさい。

講師解答例

講師解答例 ①

一口にコミュニケーションと言っても、その方法は様々である。特に人間に関して言えば、情報の伝達のみならず、相手に共感するとか、自分の心が動かされるとか、そういった他者理解があって初めて本当のコミュニケーションと言える。そしてそのためには、言葉によって表現される内容に加え、その他様々な要素を、筆者の言う「想像力」によって解釈することが必要になる。

それはつまりこういうことだ。「語用論」という言葉を聞いたことがあるだろうか。語り手やその場面によって、言葉の意味や言語表現のニュアンスが変化することを対象にした学問である。例えば、ある大切な試験の前日に、友人から明日の予定を尋ねられて「明日は大事な試験がある」と答える場合と、友人から映画に誘われて「明日は大事な試験がある」と答える場合とでは、同じ表現でもその内容が違ってくることが分かるだろうか。前者で伝えたいことは「明日は試験がある」という言葉そのものの意味であるのに対し、後者には「明日は試験だから映画に行けない」という拒否の意味合いが含まれてくる。場合によっては、相手に対して好意を持っているかそうでないか、という話に繋がることさえあろう。いずれにせよ、これは言葉の意味そのものが、必ずしも発言の意図とイコールであるとは限らないということを示している。だから私たちはコミュニケーションに際してその意味を考えるとき、そこに間接的な意図、いわゆる「言外の意味」が存在していないかどうかを判断する「語用論的推論」の力を、日常的に身につけなければならないのだ。

日本人は欧米人に比べ、曖昧な表現や言葉の省略を好む傾向がある、というのは有名な話である。とすれば尚更、私たち日本人にはより高いコミュニケーション能力が求められる。単なる言葉のやり取りではない。相手の表情の微妙な変化や話の流れ、その場の雰囲気や状況、ひいては話者の背景にある文化や慣習までもを敏感に感じ取ることである。それが、本書で繰り返し論じられていた「聞く」ということの、本来の意味であるのかもしれない。

(教材作成課)

講師解答例 ②

現代の重要なコミュニケーションツールにメール機能がある。筆者は本文において、メール機能によって、自分の言いたいことを相手に伝える行為が一方通行になってしまったと述べている。これはツイッターやSNSでも同じことだろう。これらのコミュニケーションツールは人と人との繋がりを形成するものとして公告され運営されているが、その実「書きっぱなし」「閲覧するだけ」が可能であり双方向性に乏しい。

こう述べると、メールについては双方向に送り合うことが前提とされるではないかという反論も想定される。しかし実際にメール文を打つときの状況を考えてみよう。誰かから送られてきたメールに対する返信という場面を想定しても、書き手は一人で画面と向き合っているだけである。相手のメールに対してなんと返そうかと一字一句練り上げているとき、それは相手との対話ではなく、自分が考えていることとの対話にすぎない。

コミュニケーションは言葉だけでするものではない。そもそも限られた数しかない既存の言葉で自分の思いを完全に伝えることなど不可能であり、常に表情、口調などがそれを補完してきた。メール機能において顔文字や絵文字が生みだされたのも、不十分な言葉を補うための「表情、口調」としてのことであろう。メールにおいては自分が何を伝えたいのかは意識される。しかし、相手が自分に何を伝えようとしているのか、さらに言えば自分に語りかけているのだという現実味は、言葉よりも視覚や聴覚といった五感でこそ感じ取られるものではないだろうか。筆者は言葉と想像力を用いて相手と対話することが必要だと述べるが、この想像力には、言葉では伝えることのできないものを五感で見出すことも含まれるのではないだろうか。

人間は言葉という便利なものがあるために、それに頼りすぎる傾向がある。伝えたい内容を自分で認識するだけなら良いが、他者と双方向に対話したいのなら、五感の意義を見直す必要がある。

(東大館授業担当)

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