村上陽一郎『近代科学を超えて』講師解答例(2013年版)

リベラル読解研究

村上陽一郎『近代科学を超えて』について

高1リベラル読解研究では、村上陽一郎『近代科学を超えて』(講談社)を扱いました。

自然科学の発展により、世の中は劇的に変化し、人間の生活は以前と比べて豊かで便利なものになりました。一方、その過程で自然科学から人間的な要素が排除される「非擬人化」が進んだと筆者は述べています。

また、19世紀にはそれまでの終末論的な価値観が変化し、科学を進歩のための道具とし、人間の手で人間社会をよりよい方向へ変革することができるという楽観主義的な進歩史観の境地に人類は達しました。知識はより劣った状態からよりよい状態へと変化してきたと人類は考えたのです。この点についても筆者は、機械信仰がそのような発展を促進するための動機であると同時に、我々を科学技術に拘束する両刃の剣だと主張しています。

以上の内容を踏まえて、「科学の発展」とはどのようなものか、最近気になったニュースを取り上げて、意見を出し合いました。講師解答例は次のとおりです。

講師解答例

例1

2012年、スイスにある欧州合同原子核研究所が「新たな粒子」を発見したというニュースが報じられ、今年の3月、それは長らく見つかっていなかったヒッグス粒子であることがほぼ確実だという報道があった。このニュースに接して私がまず考えたことは、「それは一体何の役に立つのか?」ということだった。すべての物質に質料を与える粒子というものもそもそもよくわかっていないのに、その効用や実用性を考えてしまう。そのような思考を導いてしまうように、「科学の発展」は私たちの頭の中にインプットされているようだ。

だが、本来「科学の発展」とは、実用性とは何の関係もないものであった。ニュートンが万有引力の法則を発見した動機となったのが「神の創造した世界の秘密」を明らかにすることだったように、それは真理の探究と同義だったのだ。新たな真理が現在の真理を過去の錯誤にしていく。この更新プロセスこそが「科学の発展」だ。

それが実用性のイメージを纏ってしまったのは、科学=サイエンスが科学技術=テクノロジーとして応用され、さらにそれが資本主義の論理と結びついて私たちの生活を大きく変えてきたからであろう。テクノロジーは必ず「役に立つ」ことを求められ、資本主義は必ず利潤を求められる。今の私たちにはこの三者、すなわち、科学と科学技術と資本主義の区別がつかなくなっている。いや、それは三位一体となって私たちの生活の基盤を形成しているとさえ言えるであろう。

しかし、こうした三位一体の「発展」はどこかで大きな破綻を迎える。利益のために技術の危険性が覆い隠され、科学も利益のためにのみ研究されることになる。その破綻の最たるものを私たちはこの2011年3月に目撃したはずなのに、政府はもうすでに原発再稼働を画策している。あのiPS細胞も、山中教授がノーベル賞を受賞し、どうやら「役に立つ」らしいとわかってから研究予算が増えたが、科学の世界はすでに経済の論理に基づいて政治が決定するものに成り下がっているのである。

私にはこの「発展」の行く末に「明るい未来」が待っているとは思えない。ヘブライズムの描く世界像のように「終わり」が訪れると思えてならないのだ。それは化学テロか環境汚染か人口爆発か核戦争かはわからないが、いずれにしろ、科学が経済と政治の支配下にある限り、避けることのできない未来であろうと考えている。

だとすると、その終末を回避するには、科学が経済や政治から独立するとともに、「発展」をその原初の意味、すなわち自然に潜む真理の探究へと転換・回帰していくことが必要なのではないか。この観点に立てば、ヒッグス粒子の発見は何の役に立たなくてもよいことになる。それを何かに利用して利益を得ようとする勢力に対しては、科学者たちは団結して「異議あり」と叫び、すべてのデータを秘匿して抵抗すべきである。

(岡山校授業担当)

例2

今年三月、経済産業省は、愛知県沖の深海にあるメタンハイドレートからメタンガスを抽出することに成功したと発表した。海底のメタンハイドレートからのガス産出は世界初であり、これによってクリーンエネルギーを供給できる見込みが出てきたとされている。

近年、科学技術の発展による利便性の向上に比例して、消費燃料も大幅に増加した。自動車のガソリンや石油ストーブの燃料である石油をはじめ、石炭や天然ガスなどのエネルギー源は、私たちの現在の生活に欠かせないものばかりである。しかし、現在主流となっているこれらの燃料資源は、環境破壊の問題や資源の枯渇が懸念されており、ここに自然科学の問題点が如実に示されていると言える。

こうして新たなエネルギーへの転換が必要となった人類にとって、メタンハイドレートは大きな希望の光であった。石油や石炭に比べ、燃焼時の二酸化炭素排出量はおよそ半分と環境に優しいだけでなく、世界に幅広く分布する安定したエネルギー源でもあるのだそうだ。

もちろん、このメタンハイドレートにも費用の問題や地層の変形による地盤沈下など様々な課題が残されている。今回の功績は、メタンハイドレートの実用化にほんの一歩近づいただけなのかもしれない。しかし、一昔前には夢のような話だったメタンハイドレートの抽出に成功したことで、未来の科学技術にその実用化の夢を託してもよくなったのではないだろうか。

科学はいつの時代も人類に大きな利益をもたらす代償として数々の問題を生じさせる。その問題を解決できるのは、更なる科学の進歩ではないだろうか。これこそが、私の考えるあるべき「科学の発展」の姿である。リスクばかりに気を取られ、自然科学の発展から目を背けるのではなく、時代の流れと向き合い、その弱点をいかにして補うかという前向きな姿勢を常に持ち続けるべきである。

(東大館授業担当)

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