夏期講習「医系論文」講師解答例

リベラル読解研究

夏期講習では、医系論文および面接対策、そして「明日の医師」となるための土台を築くために医療に関する素材を扱いました。医療を取り巻く問題には、医療技術のみならず法律や社会、倫理などが総合的に絡んできます。現代の医療現場で活躍していける医師とは?

大学側が入試で確認したいのは、「医師としての資質と適性」があるかどうかという点です。これを踏まえて学習を進めることが大切です。

今回は次の小松秀樹『医療の限界』(新潮社)と福岡伸一『ルリボシカミキリの青』(文藝春秋)を取り上げます。

小松秀樹『医療の限界』について

現代医療の抱える問題を、第一線で働く医師の立場から述べた本です。大学入試頻出ですので入試対策としても一度読んでみるとよいでしょう。ここでは医療事故の問題について考えました。筆者は、100パーセントの医療というものは存在せず事故は付き物だ、と言います。しかし、患者側は病院に対して行き過ぎた期待を持っているために、認識にズレが生じることがしばしばです。医療の限界をどのように考えていけばよいかについて、意見を出し合いました。

講師解答例

リスクのない医療はなく、医療事故は必ず起きるのであって、100パーセントの安全などというものはない。以上が、筆者の主張である。

たしかに、完璧な医療などない。本文中の言葉を借りれば、医療行為は「基本的に危険」なのである。第一に、医師は全知全能の神ではない。にもかかわらず、患者の方は、医療は完璧であり、医師は神だと考えている。このずれにこそ、現代医療のおかれている危機的状況の本質がある。

ここまで見てきたとおり、医療は100パーセントの安全を約束するものではない。そうだとすれば、安心は「病院が提供できるものではなく、個人の心の問題でしか」ない。心の問題は、必ずしも科学の力で解決できない。

そこで私は、患者が安心して医療行為を受けられるようにするために、医師と患者の円滑なコミュニケーションが欠かせないと考える。日々の対話を通して、相手の考えを理解しようと努めるべきだ。リスクのない医療はないけれど、患者の不安を和らげる医療ならあるはずだ。インフォームド・コンセントやセカンドオピニオンなどを積極的に採用し、患者自身が今どのような治療を受けているのか把握できるように努める必要がある。医師と患者は、共に人間である。相手を神様扱いしたり、万能と考えたりしては対話の可能性を閉じてしまいかねない。

以上、医療は本来、不確実かもしれないが、このようなやり方で確実なものへ近づけていく努力を惜しんではいけない。

(東大館授業担当)

福岡伸一『ルリボシカミキリの青』について

筆者はその著書『生物と無生物のあいだ』で、「生命とは要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果」だと述べています。身体のありとあらゆる部位、それは臓器や組織だけでなく、固定的な構造に見える骨や歯でさえも、その内部では絶え間ない分解と合成が繰り返されている(「秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない」)。生命はこうして自己複製するシステムを持っているというわけです。

すべての物理現象はエントロピー(乱雑さ)増大の法則から逃れられないわけですが、生命はこの法則に抗して秩序を維持しようとします。生命システムそのものを流れ(絶え間ない分解と合成)の中に置くことで、生物の内部に発生するエントロピーを排出しています。

このことから「生命とは動的平衡にある流れである」と筆者は考えているのですが、では絶え間なく壊される秩序はどのようにしてその秩序を維持しうるのでしょうか。著者は「それはつまり流れが流れつつも一種のバランスを持った糸を保ちうること、つまりそれが平衡状態(イクイリブリアム)を取りうることの意味を問う問いである。」と述べ、「動的平衡とは何か」についてまとめています。

この「動的平衡」の概念を踏まえて、患者にとって「治療」とはどのようなものであるべきかについて、意見を出し合いました。講師解答例は次のとおりです。

講師解答例

現在の生物学や医学においては、人体を細かく分解し、具体的に解析する思考方法が前提となっている。交換可能なパーツが独立して存在するとみなすことで、悪くなった部分のみを効率的に治療するというような機械論的な発想が、生物学や医学を発展させたのは間違いない。

しかしながら機械論的思考に陥りすぎた結果、現在ではひとつの生命に対する意識が希薄化しつつある。筆者の考えによれば、人間は機械と異なり、情報やエネルギーの流れによって、たくさんのパーツが組み合わさって互いに他を律しつつ、「動的平衡」を保っている。部分と部分をあいだで結びつける関係性こそが、ひとつの生命を形成するのだ。

このような筆者の観点に立てば、「治療」は「部分」ではなく「わたくし」というひとつの生命、つまり「全体」に対して行われるべきということになる。従って、抗生物質の投与や悪い部分の切除といった「治療」ばかりではなく、生活環境そのものの改善を行っていくような、全体をケアしていく「治療」も重視されるべきだ。

(東大館授業担当)

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