リベラル通信 2018年9月号

「読み」の後で

リベラル通信春号・夏号では、大学入試の話を軸にして「リベラル読解論述研究」講座の持つ意味を、実際の入試問題を紹介しながら、説明いたしました。今回は、視点を変えて、少し原理的な話をしたいと思います。最近、英語の大学入試改革において、四技能という言葉をよく聞きます。それは「読む・聞く・話す・書く」という総合的な言語運用の力のことをいいます。そして、まさに当講座「リベラル読解論述研究」も「読む・聞く・話す・書く」の四技能をフルに使った講座です。

今回は、「読む」と「話す」とを接続する概念について話してみたいと思います。

大学入試に小論文を課す大学は少なくありません。課題文を読ませた後で、自分の意見を論じるという設問が一般的ですが、大抵の生徒が、課題文の内容に対して自分の意見がないことに愕然とします。課題文の内容に対して、「別に反論はない」、「筆者の言ってる通りだと思う」というわけです。実は、「意見を言う」というのは、想像するよりもかなり難しい行為であり、小論文の問題を前にして生徒はそのことを身をもって知るわけです。つまり、課題文を「読む」ことと、意見を「言う」ことの間には、大きな壁があるのです。そのため、「読む」から「話す」を架橋する建設的な戦略を考えねばなりません。課題文の内容を正確に「読む」だけでは、不十分なのです。それでは、「読み」の後でいったい何をすればいいのでしょうか。

いくつかの戦略があります。ここでは、三つ紹介しましょう。まず、一つは、知識を蓄積することです。知識はいくら溜め込んでも荷物になることはありません。逆に、知識が不足していては、なかなか有益な意見は出てきません。例えば、「米国の公民権運動について、自分の意見を述べよ」と言われても、公民権運動の歴史について何も学んでいなければ意見なんて言えるはずがありません。豊富な知識を蓄積することは、課題文に対する問題意識を育てます。そのため、そうした教養を身に着けるためには、読書が一番有効でしょう。当講座でも、教養の習得という目的があります。当講座で取り上げる書籍以外でも、自分の関心・興味を惹く分野の本があればどんどん積極的に読んでください。

二つ目は、本の内容を自分の具体的な体験に照らして理解してみることです。これは、本の中だけで展開される議論をただの外部情報として受け取ることをせず、自分の実存の感覚に落とし込んで理解することです。例えば、「近代国家の排除の力」という文言を字面だけで理解するのではなく、そこから移民・難民、マイノリティ等の存在と国際社会への影響といった、日常に潜む社会的な問題に目を向けて捉えるということです。そもそも、小論文という科目は、社会に生じるさまざまな具体的事象から抽象的に物事を捉え、本質を論じることに他なりません。自らの経験という具体に根を下ろして考えるのは、物事を論じる出発点なのです。

しかし、自らの具体の経験に照らして意見を形成することは、一方で、自らの快・不快のみを基準に考える自己本位の姿勢を生み出す危険性があるのではないか。こういう批判もあるでしょう。これはこれで正しい批判です。この壁を乗り越えるためには、どうすればよいでしょうか。少し難しい話になりますが、ユダヤ人の女性政治哲学者ハンナ・アレントが使用した有名な言葉に、ゾーエーとビオスという概念があります。ゾーエーとは、生物的な生のことを言います。一方で、ビオスは、社会的な生のことを言います。人間は生物である以上、腹が減ったら飯を食う、眠いから寝るというような生物的欲求に突き動かされるゾーエー的な存在です。しかし、一方では、真理とは何か、自由とは何か、正義とは何かを考えるビオス的な存在でもあります。意見を述べるとき、自分の快不快のみを根拠にするとしたら、それはゾーエー、つまり生物的な生き方をさらけ出しているだけです。「他人はどう思おうが、俺はこう思う」というのでは、ビオス的存在としての社会的人間の思索にはなりえません。社会には、考えや価値観の異なる他者が存在し、そのような他者とどのように共生していくのかというビオスとしての生き方を求められます。これが、三つ目の戦略です。

ここまでの議論をまとめると、グローバルの時代、すなわち目まぐるしく他者と遭遇する時代を前にして、我々がなすべきことは、しっかり教養を積み、自分の実存の感覚に根を下ろして、なおかつ、ビオスとしての生を語ることなのです。

「リベラル読解論述研究」では、課題図書の内容理解→感想という、表層的な意見交換の場ではありません。本講座が提供するのは、他者の言説に持論が常に揺さぶられ、自身の知の枠組みを柔軟に編み直し、ビオス的な思考をする場なのです。

リベラル読解論述研究 書籍紹介

中学生の使用書籍紹介

中1 …… 『世界の国 1位と最下位』眞淳平
世界中の国は、あらゆる面において、それぞれの個性を持っています。人口や面積。税金や食料自給率。ひとつとして同じ国はなく、そこには格差がありながら、足りないものを補うための貿易もいたるところで行われています。『世界の国 1位と最下位』では、そのような点から、複数の国を比較し、つながりを明らかにすることで、現在の世界の姿と、そこに見えてくる課題を紹介していきます。これまであまり世界情勢に詳しくなかった人も、この本を手がかりに、少しずつ知っていきましょう。
中3 …… 『働く女子の運命』濱口桂一郎
男女が働く機会は均等である。この認識は、法的に保障され、現代社会でも広く共有されています。就職活動の際も「女性の積極的な登用」を前面に出す企業は多く存在します。しかし、近代社会が成立した時代から現代に至るまで、女性はどのように働いてきたか。その実情を見ていくと、日本社会はずっと、活躍する女性の姿から、遠く離れてきたことがわかります。その歴史を踏まえて、女性は社会でどう働くのが理想的なのか。本書を読んで、考えていきましょう。

高校生の使用書籍紹介

『難民問題』墓田桂
「難民」の人々に関する話題は、時々国際関係のニュースで取り上げられます。しかし、彼らを取り巻く状況は、決して明るいものではありません。故郷に帰れず、たどり着いた国では居住を拒まれ、存在を否定されるような扱いを受けます。彼らをどのように受け入れるか、それは宗教や歴史上の複雑な事情と相まって、欧州国家では、長らくの間大きな課題となっています。そして、その課題は国際社会を目指す限り、日本も他人事ではありません。これまでの難民についての問題を整理し、背後にどのような問題が見えてくるか分析してみましょう。

第4回全国論文コンテストについて

全国論文コンテストの締切が迫っています(9月20日木曜日必着)。このコンテストでは皆さんに「表現することの喜び」を体感してもらいたいと考えています。

対象:全国の中1生〜高3生
優秀者は、11月頃に表彰式を行います。優秀作品および表彰式の模様は、ホームページおよび情報誌「Y-SAPIX JOURNAL 12月/1月号」に掲載いたします。あらかじめご了承ください。

書籍:『人口減少と社会保障—孤立と縮小を乗り越える—』
山崎史郎著(中公新書、2017年刊)

皆さんの応募をお待ちしています。

※次回は秋号の予定です。

0120-3759-37 日曜・祝日を除く11:00〜18:00