リベラル通信 2018年春号

2018年度大学入試の小論文問題について

国公立大学2次試験前期日程が終わり、2018年度大学入試も1つの区切りを迎えました。そこで今回は、小論文という科目について本年度の特徴的な問題を見てみたいと思います。

一つ目は慶應義塾大学経済学部の問題です。AさんとBさんの間で1万円を分け合うという「最後通告ゲーム」についての課題文が出題されました。Aさんが「分け手」としてBさんに分配額を提示し、「受け手」であるBさんがその案に納得すれば双方の取り分は確定しますが、Bさんが拒否した場合には双方の取り分とも0円になってしまうというものです。

このゲームのポイントは、二人の間でいかに適切な分配方法をAさんが提案できるかという点です。こうした内容を受けて、設問の一つでは「市場型社会におけるフェアな分配規範」および「その規範が定着するために必要な社会の仕組み」について論述が求められました。設問の要求に答えるためには、課題文の内容を踏まえた上で、財や資源の分配と社会制度について独自のアイデアを提示しなければなりません。課題文の趣旨から逸脱せず、しかしその焼き直しに留まらない解答が求められており、苦戦した受験生も多かったのではないでしょうか。

二つ目は同じく慶應義塾大学の文学部の問題です。哲学的な文章が課題文として出題され、設問では「自由」について320字以上400字以内で述べることが求められました。こうした抽象度の高いテーマが出題された場合、受験生の多くは、課題文の単なる要約に終始してしまうか、あるいは課題文から大きく逸脱して自分の考えを展開するだけの解答作成に陥りがちです。要約問題ではなく受験生自身の意見が問われている問題では解答の中で、どこまでが課題文の内容であり、それに対して自分はどういった立場をとり、そしてどのような意見を持っているのかということを分かりやすく論述する必要があります。指定字数内で必要な内容をまとめるためには表現力と同時に高度な文章構成力が要求されます。

さらに、今回の問題では課題文の内容も抽象的であり、論理展開の正確な把握も容易ではありません。まずはアリストテレスおよびアレントの思想から「自発的な行為」について論じ、それを「能動性」や「受動性」(さらには「中動性」)といった問題に発展させ、フーコーの思想を引用して「権力」や「暴力」という概念を手がかりにしながら論じるという内容でした。

こうした内容を踏まえて、さらに自分の意見を書くためには、いくつかの観点を設定することが有効です。私たちは社会的なつながりや歴史的な営みを引き受けながら生きているわけですが、その中で「自由」とはどのような状態であり、私たちはどれくらい「自由」であると言えるのか。また、「自由」には身体の自由もあれば、精神の自由もあり、いくつかの種類に分けて考える必要もあるのではないか。こうした視点を経由しつつ、課題文の内容を踏まえながら、自分の考えを提示するとよいでしょう。

とはいえ、難解な文章を的確に読解するためには訓練が必要です。また、入試本番で課される様々なテーマに応じて、自分の考えを展開するために有効な視点を考えることは容易ではありません。

三つ目は早稲田大学スポーツ科学部からの出題です。上記2つの問題はいわゆる「課題文」型のものですが、こちらは「テーマ」型の設問となります。じゃんけんに「キュー」という選択肢を加えて新しいゲームを考案し、その目的とルールおよび魅力や難点を論じるというものでした。

字数が601字以上1000字以内と指定されており、分量の多い文章を首尾一貫して書く論述力、また新しいゲームを考案する発想力、さらにその魅力や難点を他者に説明する力まで受験生の能力を多角的に試す設問となっています。

以上のように、2018年度の小論文問題でも付け焼き刃では通用しない論述力と思考力が問われています。また、課題文を決められた時間内で読解するために必要な教養も求められています。さらに、急激な出題傾向の変化があっても対応しうる万全の態勢で試験に臨むことが理想的でしょう。

リベラル読解論述研究では、様々な分野の書籍を扱いながら、読解・討論・論述の力を日々養っていきます。じっくりと時間をかけて、どのような問題にも対応できる教養と国語力を身につけていきましょう。

リベラル読解論述研究 書籍紹介

中学生の使用書籍紹介

中1 …… 5月期『池上彰の憲法入門』池上彰
「憲法って、どんな内容なの?」そう聞かれて、うまく説明できる自信がありますか。憲法の条文は、複雑な言い回しも多いため、なかなか全部の内容を理解することは難しいでしょう。この本では、そんな憲法の内容とそれらをめぐる諸問題について、分かりやすい表現で丁寧に説明されています。読み終えると、私たちの日常は憲法によって形づくられ、守られていたことに気付くことができます。また、日本の政治や国際問題について、周辺知識を学ぶこともできるため、ニュースにより関心を持てるようになるでしょう。

高校生の使用書籍紹介

春期『夢十夜』夏目漱石

私たちは毎晩、眠りについて一日を終えます。翌朝目覚めるまでに、夢を見ることもあるでしょう。この物語は、そんな作者が見た十の「夢」を綴った短編集です。

「時間の流れが普段と違ったり、人間が変身したり、不思議なことが次々起こる。しかしデタラメばかりではなく、意味のある物語になっている気もする……この本では、どの短編から読んでも、そうした「夢」の持つ面白さを十分に味わうことができます。

「明日目覚めたら、自分の頭の中でも、こんな物語を楽しめるかもしれない」読み終わった頃には、そんなわくわくした気持ちになれることでしょう。

5月期『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

この物語の主人公、キャシー・Hの職業は「介護人」。介護人は日々「提供者」の世話をしています。物語はキャシーが、昔仲間たちと暮らしていた施設「ヘールシャム」での思い出を語る場面から始まります。

話が進む中でキャシーは、ここまでに登場した聞きなれない言葉の意味や、彼女やその仲間たちに課せられた運命を、私たちにゆっくりと語ります。穏やかで丁寧な表現に包んではいますが、キャシーは、この作品の世界があまりに冷酷な構造の上に成立していることを、最後まではっきりと示していきます。

この作品のジャンルはSFであり、歴史設定などは現実からかけ離れている面もあります。しかし、登場人物の「生きること」への思いは切実なものであり、その痛みは私たちの抱くものと変わりません。理想の未来、人間としての幸福……あなたは、彼らが現実世界に存在しえないことも忘れて、そのようなことを考えずにはいられないでしょう。読書を通して「物語の持つ力」に触れる体験をするにふさわしい一冊です。

※2018年度も論文コンテストを実施します。課題図書など詳細はこの後、HPにて発表されます。

※次回は夏号の予定です。

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