リベラル読解論述研究
講師解答例

村上陽一郎『近代科学を超えて』

村上陽一郎『近代科学を超えて』について

リベラル読解論述研究では、『近代科学を超えて』(講談社)を扱いました。

自然科学の発展によって世の中は劇的に変化し、人間の生活は以前と比べて豊かで便利なものになりました。一方、その過程で自然科学から人間的な要素が排除される「非擬人化」が進んだとも筆者は述べています。

また、19世紀にはそれまでの終末論的な価値観が変化し、科学を進歩のための道具とし、人間の手で社会をよりよい方向へ変革することができるという楽観主義的な進歩史観の境地に人類は達しました。知識はより劣った状態からよりよい状態へと変化してきたと人類は考えたのです。

この点についても筆者は、機械信仰がそのような発展を促進するための動機であると同時に、我々を科学技術に拘束する両刃の剣だと主張しています。

以上の内容を踏まえて、「科学の発展」とはどのようなものか、最近気になったニュースを取り上げて、意見を出し合いました。講師解答例は次のとおりです。

課題

最近気になったニュースを取り上げ、「科学の発展」とはどのようなものであるべきか、600〜1000字で論じなさい。

講師解答例1「水俣病から考える現代科学の条件」

科学に関するイメージには誤解が伴いやすい。まず科学的営為とは、事実を観察して集めれば理論に到達するものではない。さらに「科学の歴史は一本道を歩んできた」という進歩史観も問題だ。そうしたイメージは科学技術が持つ負の側面と無関係ではない。

ここでは「公害の原点」とされる水俣病を例にしたい。もし「水俣病は昔のこと、最近の例でない」と思うなら、それは鈍感だ。先日も認定を巡る不満に関するニュースが報じられており、水俣病は終わりの見えない問題だ。

周知の通り水俣病とは、チッソ水俣工場の有機水銀廃液が水俣湾の魚に蓄積し、それを食べた周辺住民の体内にさらに蓄積されることにより、身体の感覚障害や視野狭窄などの症状が引き起こされるものだ。人間だけでなく、魚を食べた猫が舞い踊りながら死んでいった。

たとえ専門家でなくとも健全な常識を持ち合わせていれば、病気発症と工場廃液との間に関係があることは直ちに気づくはずだ。しかし1956年の発生当初、両者に因果関係があるという証拠はまだなかった。

1959年に熊本大学医学部の水俣病研究班は、原因物質を有機水銀とする発表を行った。しかし厚生省と熊本県は「両者の因果関係は不明」という「科学的」「客観的」「合理的」な判断から、工場の操業停止を命じることなく、排水の垂れ流しを追認するかたちとなった。

有機水銀説には異論が出るなど紆余曲折を経て、行政側が因果関係を認めたのは1968年だ。公式発見から実に12年もの歳月が経過していた。当時は高度経済成長の時代であり、行政と企業が一体となって「時間稼ぎ」したという社会的背景も忘れるわけにはいかない。

近代科学は特定の対象を観察して通時的変化を把握するのは得意だが、要素間の共時的関係を見落としやすい。そこで前者だけでなく後者も加えて現代科学を補強すべきであり、著者は一般システム論に期待を寄せる。

単純化して地域社会を一つのシステムと見なせば、企業と住民はどちらも一要素であり、その外部には山や海などの環境がある。それゆえ企業が環境を汚染しつつ、住民の健康に被害を与え、それを行政が看過することは共通の基盤であるシステムの自己破壊につながる。

よって、あらゆる対象をシステムとして包括的に扱える「ソフトな理論」を構築することこそ、「近代科学を超えて」いく現代科学が満たすべき必要条件であろう。

講師解答例2

iPS細胞の作製に成功した山中教授が2012年にノーベル賞を受賞した。iPS細胞は生命の様々な細胞に成長できる細胞であり、病気やけがにより失われた人体の組織をつくりだすことができるのだという。この業績は今も闘病している人々の希望であり、明快に人類の利益に直結しているように思われる。だが、iPS細胞の特徴はこれだけではない。上記の特徴だけならすでにES細胞でも可能となっていたのだが、ES細胞の段階ではまだ様々な問題点を孕んでいた。ここで、ES細胞とiPS細胞の違いを見ることで、科学の発展のあるべきかたちが見えてくるのではないだろうか。

その大きな違いは、ES細胞は人間の受精卵を用いてつくりだされるが、iPS細胞は本人の体細胞から作ることができることにあるという。すると移植したとき拒絶反応が起きることがなく、さらに、命の始まりとも言える受精卵を使ってしまうという倫理的問題が解決されるのである。この倫理的問題の解決が大きくとりあげられ評価されているところが、向かうべき科学の発展のあり方を表しているのではないだろうか。

歴史を振り返るに科学の発展はたくさんの問題を引き起こしてきた。環境汚染、資源の枯渇、生態系の破壊など、わずか数百年のうちに多大な被害が生まれた。これらは私たちが進歩だけに意識を向け、それが生む弊害に何があるか、もしくは弊害があるのではないかということを意識してこなかったことに原因がある。その点、このiPS細胞は、人体の組織をつくりだすという直接的な利益だけに目が向けられるのではなく、それによって生まれる倫理的問題の解決にも注目されている。

科学の発展は今後も続いていくだろう。しかし科学が生み出してきた弊害があるがゆえに科学の否定も起こっている。このような現代で望まれる発展のあり方は、なんらかの弊害が起こりうるはずだという疑いを常に前提とし、その解決を直接の目的の達成と同列において考えていくことではないだろうか。

講師解答例3

2013年3月、経済産業省は、愛知県沖の深海にあるメタンハイドレートからメタンガスを抽出することに成功したと発表した。海底のメタンハイドレートからのガス産出は世界初であり、これによってクリーンエネルギーを供給できる見込みが出てきたとされている。

近年、科学技術の発展による利便性の向上に比例して、消費燃料も大幅に増加した。自動車のガソリンや石油ストーブの燃料である石油をはじめ、石炭や天然ガスなどのエネルギー源は、私たちの現在の生活に欠かせないものばかりである。しかし、現在主流となっているこれらの燃料資源は、環境破壊の問題や資源の枯渇が懸念されており、ここに自然科学の問題点が如実に示されていると言える。

こうして新たなエネルギーへの転換が必要となった人類にとって、メタンハイドレートは大きな希望の光であった。石油や石炭に比べ、燃焼時の二酸化炭素排出量はおよそ半分と環境に優しいだけでなく、世界に幅広く分布する安定したエネルギー源でもあるのだそうだ。

もちろん、このメタンハイドレートにも、費用の問題や地層の変形による地盤沈下など様々な課題が残されている。今回の功績は、メタンハイドレートの実用化にほんの一歩近づいただけなのかも知れない。しかし、10年ほど前には夢のような話だったメタンハイドレートの抽出に成功したことで、未来の科学技術にその実用化の夢を託してもよくなったのではないだろうか。

科学とはいつの時代も、人類に大きな利益をもたらす代償として数々の問題を生じさせる。その問題を解決できるのは、法律でも制度でもなく、また更なる科学の進歩に他ならない。これこそが、私の考えるあるべき「科学の発展」の姿である。リスクばかりに気を取られ、自然科学の発展から目を背けるのではなく、時代の流れと向き合い、その弱点をいかにして補うかという前向きな姿勢を常に持ち続けるべきである。

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